お椀の専門店 三義漆器店
 塗りの達人「賢三」・筆の達人「隆華」の二人の伝統工芸士の作り出す高級漆から
食器洗浄機・電子レンジ対応のお椀などど、器全般の製造をいたしております。

ブログでは、工房や工場、スタッフの日常などの日々をご紹介していきます。



AED設置

救急の事態に備えてAEDを設置することとなりました。

それに伴って、AED操作などの講習会が開かれました。






内容についての説明を伺い・・・

 
 
 
操作の仕方を習い・・・





実際の練習も行いました。
 

 
 
 
 
 
 
講習を聞いて思ったことは、
 
備えあれば・・・本当に使うことがないよう
あくまでも、準備しておくだけにしたい。ということでした。
 
 

CHOPSTiCS NY

ニューヨークの雑誌にて
弊社 どんぶり弁当が紹介されました!
 
 
 
 









ニューヨーカーもお弁当を持ってお仕事頑張ってください!
 
 


 




 








(本文)
弁当文化は、日本で生まれ、何世紀にもわたって日本で活用されてきたが、こんにち、米国において、確かな基礎を築きつつあり、
弁当パックはデリ(軽食屋)やスタンド(出店)で手に入れることができ、自分用のランチを運ぶことができる多様な弁当箱も簡単に見つけることができるようになった。
数多くの弁当箱のなかで、機能性と美しさで際立つ弁当箱:サンヨシ漆器の弁当箱は日本の職人技の偉大なる例である。正方形か長方形である通常の弁当箱と異なり、それは、お椀の形をしており、二つの部分からなる。そして、二層として活用できる。上記に加え、日本の伝統的な漆器の技術が使われている。
サンヨシが立地する福島県会津地方は、500年にもわたる漆器塗りの伝統を誇る。会津塗りとも呼ばれるその技法は、
会津で確率され、そのカラフルな装飾で知られている。
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世紀中頃、会津を治める藩主が、汁碗を作っていた職人を招請し、漆器の発展を推し進めたのが始まり。その後の藩主も会津塗りの発展に貢献、金のレリーフのデザインが、会津塗りの確かな発展にむすびついた。盆から、汁碗、重箱、そしてお箸にまで拡がる会津塗りは1975年に国の伝統工芸として認められた。
漆器は軽く、感触が良く、弁当箱にはぴったり。日本は常に自宅で食事を作る文化があるが、それを弁当箱に入れて持ち運び、
後で食べるということが人気を博した。
サンヨシ漆器は、塗りに関する知識を、全く新しいスタイルの弁当箱を製造することで、この深く浸透した弁当文化を具現化させた。それは、伝統的な四角い弁当箱から決別し、丸い弁当箱を作るということであった。サンヨシはその洗練された、漆器の技術を日々使えるがとても美しく、ユニークなアイテムを作り上げた。
サンヨシ弁当ボウルは明るい色を持ち、中は黒く、両サイドにクリーム色の取手がついている。
当初、このボウルは漆器では一般的な黒色で作られたが、ツートーンカラーがとても人気となった。
小さな上部のセクションでは、淵よりも上にまで食べ物を入れることができ、本体はとても深くなっており、
トータルの容量はとても大きい。たとえば、本体の方にメインのランチを入れ、上部には、果物やスナックを入れるというようなことができる。また、両方のセクションの食べ物を、食べる時に混ぜることもできるし、お好みで別々に食べることもできる(このお椀はなんと蓋をとりさえすれば、電子レンジでも使える。)
サンヨシの米国ディストリビューターであるフォーカスアメリカコーポレーション代表のせみもとあつし氏によれば、弁当ボウルの機能とクールさにより、お客様からは多くのリピートオーダーをもらっているとのこと。彼は、「これこそ、日本で生まれた、職人技が生きた、最高の「メイドインジャパン」です」と説明している。
弁当ボウルのコピーは「For your day on the go(あなたともに、どこへでも)」で、それはランチタイムの日常にとても良い価値を加えることだろう。フォーカス社はさらに、春に向けて完璧な、ライトピンクや淡い青色といった新色も提供する予定。

(弁当箱(赤)写真下)
美しく塗られ、機能的にデザインされた、サンヨシの弁当ボウルは日本のクラフトマンシップの典型である。
あたなは、このクールな弁当ボウルをランチに持ち出したくなる。

(弁当活用例写真右)
弁当ボウルの二つのセクションにより、食べ物を分けて後で混ぜるための十分なスペースが生み出されている。
あるいは、別々にも食べられる。

(店鋪写真下)
弁当ボウル(16米ドル)は、WHISKというキッチン専門店で手に入る(写真)
また、MoMaや、ディズニーワールドの三越でも手に入る。
(集合写真下)
弁当ボウルは、こういった工芸を生み出す地方として有名な福島県会津若松市にあるサンヨシ漆器店にて製造されている。
 
 

新宿 京王百貨店  催事にて出展中

本日より

東京 新宿の京王百貨店にて

「みちのく・いいもん・うまいもん市」  が開催されておりまして

弊社の商品も展示販売いたしております。





手に取ってご覧いただける機会でございます。

お近くにお越しの際は、ぜひご来店くださいませ








展示準備中の画像ですが、こんな感じで出展いたしております!


本日より 3月24日(火)まで


7F 催事場にて開催です!


 

シカゴ ホーム&ハウスウェアーショー

本日までアメリカのシカゴで開催されてました。

シカゴ ホーム&ハウスウェアーショー






海外でも弁当がブームのようでした。



手作りのお弁当で、心も体もあったかになりたいですね!

かわいい御礼のお手紙

本日、保育園からのおたよりが届きました。

中には、こんな可愛らしいメッセージが入っておりました。





手作りのメッセージカードです♪




中を開けてみると・・・
 
 
 
こちらこそ、ありがとうございました!
 
会社の中に、ほんわかと癒しの空気が漂って
しばしの癒しの時間が過ぎました!!!
 
 
 


 
 
 
 
 

地元の新聞にも掲載されたようで、新聞の切り抜きまで入れていただきました。

心温まるお手紙、本当にありがとうございました。


 

企業の覚悟 4



4回に渡り掲載いただきました 「企業の覚悟」
昨日、最終回が掲載されました。

以下、新聞記事になります。



福島をつくる(12) 第1部 企業の覚悟 三義漆器店(会津若松)

http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2015/01/post_11331.html


 
画像をクリックすると民報社様のページにリンクします。
 
 
<社員の成長こそ力>
 「うちには2歳と4歳の子どもがいます」。会津若松市門田町の三義(さんよし)漆器店は毎日の朝礼で、社員が交代で1分間のスピーチをしている。
 話題は仕事や家族をはじめ、趣味や休日の過ごし方まで幅広い。「会社を良くするのは『人』だ。社員が互いに理解し合えば必ず大きな力になる」。社長の曽根佳弘(50)は社員の話にじっくり耳を傾ける。
 社員は中小企業大学校仙台校や県職業能力開発協会などが主催する研修会、勉強会に参加し、会社を支える力を養う。
 斎藤悠(34)は梱包(こんぽう)・出荷担当から営業担当に異動した。研修会に参加し、考えが変わる。「商品を並べ、買い手がどう感じるのかを常に意識するようになった」
 研修会で異業種の社員に気付かされた。社員は少人数の会社に勤め、一人一人が全体を見渡す気配りをしないと作業が進まないと言った。斎藤は自分に周囲への心配りが足りないと感じ、客がうれしいと思う発想を営業で取り入れた。
 熱意や責任感が増した。今では営業の第一線で、主力取引先のイオンなど大手量販店を担当し、食器類の取扱量を増やしている。
 生産効率を高める社員の努力は続く。東日本大震災発生からしばらくして、県内の復興を応援しようと他県の小売店や専門店から注文が増えた。
 生産部長の曽根典弘(42)は研修会で知り合った経営アドバイザーの助言を受け、社員6人とプロジェクトチームをつくった。早い段階で不良品をはじき、無駄な作業を減らした。そのために一人一人の品質感覚を磨いた。手の空く社員は他の工程に回し、柔軟に人を動かせる体制に変えた。
 完成品の不良品発生率は改善前の5~6%から1%未満に減り、生産量は1日5000個から倍増した。
 社員の意識はさらに高まる。「売れてる商品の資材を近くに置いて作業すれば、時間と探す手間が省ける」。社員が2カ月に一度提出する報告書には、小さな工夫がぎっしりと書かれてくる。会議は毎週開き、半日かけて意見を交わす。
 平成26年に新工場を設け、社員は約60人に増えた。ただ、社長の曽根はものづくりの本質は変わらないと考えている。「一人でも多くの人に喜んでもらう。社員が同じ目標に向かい力を合わせて努力すれば、超えられない壁はない」(文中敬称略)

企業の覚悟 3

福島をつくる(11) 第1部 企業の覚悟 三義漆器店(会津若松)



http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2015/01/post_11320.html
 
 
 
 
<使う人の意を酌む>
 会津若松市門田町の三義(さんよし)漆器店の展示場に約1000種類の器が整然と並ぶ。大きさや形、色合い、塗る材料、蒔絵(まきえ)などの装飾方法が異なる。
 「会津塗」には、経済産業大臣指定の伝統工芸士を含め約20人の職人が携わる。「塗り」や「蒔絵」の作業は専門性が高く、分業で行う。商品の生産量を増やし、後進に技を伝え、会社を大きくした。
 一方、社長の曽根佳弘(50)は合成漆器などの新しい商品を増やし、思いついた考えを商品化させた。反発は社内外からあった。
 小売店側からの要望は、素材を感じさせる木目のはっきりとした器だった。漆を何度も塗ると木目が隠れる。塗料を樹脂にし、重ね塗りを省いた。地元の同業者から「半端もんだ」とささやかれた。
 曽根は会津塗の伝統工芸士で父の賢治(75)が営む漆器工場で育つ。20歳で入社し、職人かたぎの賢治に技をたたき込まれた。そして何度も聞かされた。「会津人は口べただ。信用されるまで人に尽くせ」
 父のこだわりは曽根の器づくりに携わる信条になる。作り手の考え以上に、買い手に尽くす視点が父の教えや会津の精神と信じ、消費者の喜びを最上の評価と受け止めた。
 現在、会津塗の食器は生産全体の5%、他は新しい種類が占める。生産内容は変わったが、社員数と工場数は父の代から倍に増えた。曽根は「選択は間違っていなかった」と父に感謝する。
 「器にシールを貼ろう」。曽根が提案した際、社員は強く反対した。
 みそ汁用の内側が黒い椀(わん)に「白みそ派」、赤い椀に「赤みそ派」、大きな椀に「実だくさん汁」と貼り、購買意欲を刺激しようとした。ただ、工程を増やせば生産性が落ち、出荷が遅れる。「どこの会社もやっていない。価値があるのでしょうか」。何人もの社員が異を唱えた。
 曽根は「他社と同じ発想では勝てない。消費者が食べ物を入れた器を想像できるようにすれば必ず売り上げが伸びる」と粘り強く説いた。社員は根負けし、曽根も一緒にシールを貼った。出荷先の小売店では品切れ状態となり、「日本初の試み」と評判になった。
 若手からは「あさげ用、ゆうげ用を表すシールはどうか」と積極的な声が出始める。工夫と独自性へのこだわりが社員に芽生えた。(文中敬称略)